2008年2月12日火曜日

個展中間レポ自分用(散文)

昨日、割とガツンと言われたのと似たようなことが、今日ノートに書かれていた。「言いたいことを伝える方法は、果たしてこれでよかったのか?」

うーん。もっと違う方法があったな。言われて気付いた。歳を取ると共に、面と向かって批判的なことを言ってくれる人は減っていく。耳にやさしい言葉しか聞かなくなったら、自分は終わりだと思っている。だから、言ってもらえてよかったです。

今回私は自己紹介欄に、「服で絵を描いている。」と書いたけれども、服でないものをすなわち絵画の形式になぞらえるというプロセス自体にムリがあったのかもしれない。「絵画」にする必要はなかった。ただ、単純に、「衣服でないもの」を作ればよかったなと。

言い訳すると、

*「衣服・でない・もの」という一つのシリーズで、「絵画的なるもの」「彫刻的なるもの」「家具的なるもの」「家的なるもの」「本的なるもの」などなど、作っていったら、最後に「衣服的なるもの」が空間としてぽっかり空いて、そこに「衣服」を見出せるのではないか。と考えていた。だからはじめの一歩として絵画と言う形式を用いた。

*展示空間への配慮。気持ち悪いもの、圧迫感のあるものはNGだと思った。

けどまあ、いくらでも方法はあったはず。もっと思慮深くなるべきだった。

詰まるところ、作品それ自体に威力が足りない。居心地良い空間、分かりやすい文章、それっぽい見た目。だからどうした。作品そのものがどうか、というよりも、展覧会という場がいかに成立するか、というところに興味があったし、展覧会でもそこばかり見ていたけれど、今回はそれじゃだめなんだ。「キュレーション」「アートマネジメント」っていう言葉を「逃げ」で使ってた。

少し話が逸れるけど、「かわいい」見た目で、「今っぽい感じ」に整えて、「それなりに」格好ついていそうなものは、あまり好きじゃない。うーん、うまく言えてないな。「ホンモノ感」に欠けるもの、と言えばいいのかな。いわゆる女の子写真の真似みたいなのとか。

「女の子っぽい」「キレイ」「かわいい」と、よく言われます。私の作ったもの。表現したかったのはそこじゃない。むしろ性別を感じないもの、パフォーマティブに乗り越えている状態をつくり出したい。これは次回の課題。あと、もっとトゲ出してみよう。ある事象を説明する「説明書」ではなく、それ自体が事象である「本体」をつくろう。


「説明じゃなくて、作品自体で訴えないと。」
「(滲み出るオーラをつくるのは)鍛錬。」

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