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2008年2月18日月曜日

最終日。

2週間やってきた個展、今日で最終日でした。なのにバイトで、会場に着いたのは22時前くらい。ノートを見ると、昨日行った古道具さんのお姉さんからコメント。迷ってた古布のバッグと家の形のネックレス、やっぱ買っちゃおうかな。

最後のお客さんはニコン党。紅茶でまったりまったり。葉山に行ってみたくなる。ダカフェ日記的生活がしたくなる(さらに)。
















学部時代の後輩に偶然会う。その場で抱きつきたかったけど自粛・・・。

連日の疲れが出たのか、ほっとしちゃったのか、トイレでちょっと寝てしまい、あちゃーでした。帰りはお店にPC忘れちゃうし。

とにかく、無事会期が終りました。みなさんありがとうございました。続きは明日以降に。

2008年2月16日土曜日

友

個展ラスト3日。今日はなんと、中学時代の親友がはるばる愛知から来てくれました。車で4時間もかけて!すごいよ。毎日笑い転げていたあの頃。もう10年前なんて信じられません。今日もひたすら大笑い。昔よりおっとりしたね、と言われました。きっと静岡でスピードダウンしたのだろう(喋りが)。カフェを出て近くの古着屋へ。















全然顔変わらんね。






















脚が長すぎてつなぎがツンツルテン(笑)


その後、学部時代の後輩と会う。ポートフォリオを見せてもらったり、これからのこと話したり、道に迷った結果探検したり、なかなかナイスなひとときでありました。んー。がんばらなきゃいかんな私も。タラタラしている場合じゃないな、と。

そんなこんなで、今日はほぼ11時間喋り&笑い通しでした。期間中も、意外と忙しいんだな、ってことが分かりました。結局まだちゃんとしたポートフォリオができてなくて、会期終ってからになってしまいそう。写真もちゃんと撮らねばいかんし、次のこともあるし、なんか、バタバタ。孤独を感じるときもあるけれど、でも、幸せ。なんか、すごい楽しい。

作品、つくりたい。もう今の時点で次にやりたいことが見えている。やりたい。つくりたい。就職しても、この気持ちを忘れないようにしたい。流れて流されて、いつのまにかおかしな岸に辿り着いていた、ってことのないように。どんどんあふれ出るイメージをメモメモメモ。

明日は12時~17時ごろまでいますので、どうぞお越し下さい。お茶するなら、「焼きりんごの紅茶」がオススメです。

2008年2月12日火曜日

個展中間レポ自分用(散文)

昨日、割とガツンと言われたのと似たようなことが、今日ノートに書かれていた。「言いたいことを伝える方法は、果たしてこれでよかったのか?」

うーん。もっと違う方法があったな。言われて気付いた。歳を取ると共に、面と向かって批判的なことを言ってくれる人は減っていく。耳にやさしい言葉しか聞かなくなったら、自分は終わりだと思っている。だから、言ってもらえてよかったです。

今回私は自己紹介欄に、「服で絵を描いている。」と書いたけれども、服でないものをすなわち絵画の形式になぞらえるというプロセス自体にムリがあったのかもしれない。「絵画」にする必要はなかった。ただ、単純に、「衣服でないもの」を作ればよかったなと。

言い訳すると、

*「衣服・でない・もの」という一つのシリーズで、「絵画的なるもの」「彫刻的なるもの」「家具的なるもの」「家的なるもの」「本的なるもの」などなど、作っていったら、最後に「衣服的なるもの」が空間としてぽっかり空いて、そこに「衣服」を見出せるのではないか。と考えていた。だからはじめの一歩として絵画と言う形式を用いた。

*展示空間への配慮。気持ち悪いもの、圧迫感のあるものはNGだと思った。

けどまあ、いくらでも方法はあったはず。もっと思慮深くなるべきだった。

詰まるところ、作品それ自体に威力が足りない。居心地良い空間、分かりやすい文章、それっぽい見た目。だからどうした。作品そのものがどうか、というよりも、展覧会という場がいかに成立するか、というところに興味があったし、展覧会でもそこばかり見ていたけれど、今回はそれじゃだめなんだ。「キュレーション」「アートマネジメント」っていう言葉を「逃げ」で使ってた。

少し話が逸れるけど、「かわいい」見た目で、「今っぽい感じ」に整えて、「それなりに」格好ついていそうなものは、あまり好きじゃない。うーん、うまく言えてないな。「ホンモノ感」に欠けるもの、と言えばいいのかな。いわゆる女の子写真の真似みたいなのとか。

「女の子っぽい」「キレイ」「かわいい」と、よく言われます。私の作ったもの。表現したかったのはそこじゃない。むしろ性別を感じないもの、パフォーマティブに乗り越えている状態をつくり出したい。これは次回の課題。あと、もっとトゲ出してみよう。ある事象を説明する「説明書」ではなく、それ自体が事象である「本体」をつくろう。


「説明じゃなくて、作品自体で訴えないと。」
「(滲み出るオーラをつくるのは)鍛錬。」

2008年2月8日金曜日

高校生の頃

個展が始まって一週間が経ちました。本当に色々な人が見に来てくれて、さらに感想を教えてくれて、ありがたやありがたや。日々緊張、しかし楽しい毎日です。自分では意識していなかったことを指摘されてハッとしたり、次にやりたいことが見えてきたり。展示するって、論文一本書くのと同じような感じかもなあ、と思います。論文よりも触れてくれる人が多いのが、展示の良いところ。いただいた意見は、ゆっくりでもいいから確実に消化していきたいなと思います。

さて本日は、学部時代の恩師(キュレーター)がご来場。ドンピシャで専門分野なので、怒られるの覚悟でしたが、ダメ出しはなく、次回の展示のアドバイスをいただいて、終始笑顔。人生のアドバイスもいただいて、がんばろう、がんばりたい、と気持ちを引き締める。

















大学院の隣の専攻の友達が来てくれました。うちの専攻にはない爽やかさ・・・。かなり偏った思想家であった宮沢賢治の小説が、教科書にさらっと載っているのは、実は問題じゃないか・・・などと話す。
























スパイラルのSICFで一緒にスタッフやった子と彼氏さん。1年半以上ぶりの再会。相変わらずステキでした。
















高校の同級生。よく隣の席で寝てました(笑)すごい頑張り屋のドラマー。バンドのライブ前に来てくれました。いつでもスタンバイOKらしい(顔が)。















その後輩(あだ名:4日前)。バンドのスタッフさん。熱い戦国武将を教えてもらいました。

うちの高校の学校祭は、合唱際・体育祭・文化祭の3本立てで、3日間連続で行われていました。3学年を縦割りして「団」というのを作って、各団がそれぞれ競い合うのですが、クラスの中で班分けをして、各人が担当を持っていたのですね。で、3年のときに↑の彼が団長で、私がデコ長(デコレーション=体育祭の団席の横に設置する、ベニヤ板8枚分くらいのでっかい看板 を描くチームのリーダー)だったのです。
各団には団カラーというのがあって、ウチはくじ引きの結果なんとピンクが当たってしまって。ファンシーな感じだけは避けたいし、できるだけクールにしたいし、やるなら優勝したいからインパクト必要だし、どうするか、と。団のテーマが「轟」だったこともあり、稲妻が光る夜景をバックに自由の女神を迷彩柄で描くことになりました。筆を使わずに、全部手形と指を使ってペンキを塗っていって、そうすると厚みが出てボコボコしたテクスチャーになるので、遠目には普通の迷彩柄、近づくとなんかゴツゴツしてる・・・っていうもの。
振り返ると、高校生のやることだよね、って感じなのですが、当時は精一杯頑張ってました。ちゃんと総合優勝して、担任の先生がハーゲンダッツをごちそうしてくれて(でも団長はサボリのため食べられず)。

彼の話を聞くまで、学祭のことはすっかり忘れていたのですが、ありありと蘇る思い出。なんでボコボコさせたかったんだろ、と改めて考えると、「フラットにしたくなかった」っていうのが一番強い気持ちだったのかなあ、と。こんなに毎日ヒーコラ言ってるのに、ピカピカツルツルしてるんじゃうそ臭いよなーと思ったのかな。確か。筆の代わりにゴム手袋を差し出された団員は、最初こそ面食らってたものの、ノリよくやってくれたのを思い出します。

教育が厳しいといわれる愛知県で、一応進学校だったので、課題が終らなくてよく徹夜してた。あの頃にだけは戻りたくないけど、おかげで根性つきました。

「小さなものの集積によってできた一つの塊」への興味は、その頃からあったのかもしれないなあと。「小さな物語」は、結局のところ「大きな物語」の枠から出ることはなく、むしろそこから脱出しようとすればするほど、「大きな物語」の中に取り込まれてしまう。もしそうだとしても、枠から出ようとする努力(情熱)と、その軌跡を、大事にしたい。

2008年2月3日日曜日

個展初日
















無事始まりました。
搬入手伝ってくれてありがとう。
来てくれてありがとう。
いっぱいコメントくれてありがとう。

色んな方のおかげで、なかなか良い展示になりました。
明日は仕事のためいませんが、明後日はいます。
















搬入手伝ってくれた二人。職人さんみたいでした。
二人がいてくれたから、ビシッと展示できたよ。
ありがとう。ごはんおいしかったね。

文芸大の人々が来てくれました。
忙しい中本当にありがとう。










































































中日新聞学生スタッフのみんな。
個展会場に合わせて、下北で飲み会開いてくれました。















衣服や身体について、空間について、
修論の内容と作品の意味について、
いっぱい意見もらいました。ありがとう。















なんとサプライズでケーキ!
とってもおいしかったです。ありがとう!
この味は一生忘れないよ。

2008年1月30日水曜日

今週末

Sachi Ito solo exhibition
「衣服・でない・もの」
2月2日(土)~17日(日)
下北沢 mois cafe
モワカフェwebsiteはこちら







いよいよ今週末になりました。初個展です。

衣服の不思議、着ることの意味について、ずっと考えてきました。論文という形式を用いて、表現しようとしてきたけれど、行間から零れ落ちるものは確かにあって、そしてそれは余りにも多い。じゃあ、文字以外のもので表現してみようか、と始めた、制作。私にしてはめずらしく、発表しようとか、これで食べていこうっていうことではないところに動機があって、気付いたらできていた、そんなものたちです。

実は、ファインアートをやりたいな、美大に行きたいなと思った時期もありました。けれど、なぜか分からないけれど、理論畑から抜け出すことはなく、今までやってきたという。それが逆によかったのかもしれないな、と、振り返って思います。

「作り手」と「作り手でない人」の境界線が非常に曖昧な分野、それがファッション(着ること)ではないか。人が、何かを「衣服」と見なす。それを身体上に配置して、「着た状態」が成立する。そして、周りの人が、「衣服を身に付けている(着ている)」と認識する。
多くの人は、物心ついた頃から、自分で着るものを選んでいる。そこにおいて、人は皆、作り手である。けれども、クリエイティブな行為だと認識している人は少ない。誰もが日常的に「身体をつくる」ことをしているはず。「衣服」とは、人間にとって一番身近な「作る」という行為の、痕跡である。

服について、もうちょっとだけ、考えたら、世の中の見え方が変わるのではないかなあと。そもそも、世界というのは、「世界」という言葉があるから存在するのではないか。あるもの(a ナントカ)は、名付け方によって、状態を変化させるのではないか。形態に変化はないが。服じゃないものが服になる。服だったものが服じゃないものになる。そのプロセスを予感させる形式。

・・・まとまりなくなってしまいましたが、とにかく、服で絵を描きました。みなさんぜひ来てください。ここでうまくお話できないことも、きっと伝えられるはず。難しいこと抜きで、単純になごんでいただけるはず。

2日、渋谷では、udu(byイシカワアイ●)が参加するイベント「basyo」やってます。とてもステキな空気が流れる空間です。こちらもぜひ。