個展が始まって一週間が経ちました。本当に色々な人が見に来てくれて、さらに感想を教えてくれて、ありがたやありがたや。日々緊張、しかし楽しい毎日です。自分では意識していなかったことを指摘されてハッとしたり、次にやりたいことが見えてきたり。展示するって、論文一本書くのと同じような感じかもなあ、と思います。論文よりも触れてくれる人が多いのが、展示の良いところ。いただいた意見は、ゆっくりでもいいから確実に消化していきたいなと思います。
さて本日は、学部時代の恩師(キュレーター)がご来場。ドンピシャで専門分野なので、怒られるの覚悟でしたが、ダメ出しはなく、次回の展示のアドバイスをいただいて、終始笑顔。人生のアドバイスもいただいて、がんばろう、がんばりたい、と気持ちを引き締める。

大学院の隣の専攻の友達が来てくれました。うちの専攻にはない爽やかさ・・・。かなり偏った思想家であった宮沢賢治の小説が、教科書にさらっと載っているのは、実は問題じゃないか・・・などと話す。

スパイラルのSICFで一緒にスタッフやった子と彼氏さん。1年半以上ぶりの再会。相変わらずステキでした。

高校の同級生。よく隣の席で寝てました(笑)すごい頑張り屋のドラマー。
バンドのライブ前に来てくれました。いつでもスタンバイOKらしい(顔が)。

その後輩(あだ名:4日前)。バンドのスタッフさん。熱い戦国武将を教えてもらいました。
うちの高校の学校祭は、合唱際・体育祭・文化祭の3本立てで、3日間連続で行われていました。3学年を縦割りして「団」というのを作って、各団がそれぞれ競い合うのですが、クラスの中で班分けをして、各人が担当を持っていたのですね。で、3年のときに↑の彼が団長で、私がデコ長(デコレーション=体育祭の団席の横に設置する、ベニヤ板8枚分くらいのでっかい看板 を描くチームのリーダー)だったのです。
各団には団カラーというのがあって、ウチはくじ引きの結果なんとピンクが当たってしまって。ファンシーな感じだけは避けたいし、できるだけクールにしたいし、やるなら優勝したいからインパクト必要だし、どうするか、と。団のテーマが「轟」だったこともあり、稲妻が光る夜景をバックに自由の女神を迷彩柄で描くことになりました。筆を使わずに、全部手形と指を使ってペンキを塗っていって、そうすると厚みが出てボコボコしたテクスチャーになるので、遠目には普通の迷彩柄、近づくとなんかゴツゴツしてる・・・っていうもの。
振り返ると、高校生のやることだよね、って感じなのですが、当時は精一杯頑張ってました。ちゃんと総合優勝して、担任の先生がハーゲンダッツをごちそうしてくれて(でも団長はサボリのため食べられず)。
彼の話を聞くまで、学祭のことはすっかり忘れていたのですが、ありありと蘇る思い出。なんでボコボコさせたかったんだろ、と改めて考えると、「フラットにしたくなかった」っていうのが一番強い気持ちだったのかなあ、と。こんなに毎日ヒーコラ言ってるのに、ピカピカツルツルしてるんじゃうそ臭いよなーと思ったのかな。確か。筆の代わりにゴム手袋を差し出された団員は、最初こそ面食らってたものの、ノリよくやってくれたのを思い出します。
教育が厳しいといわれる愛知県で、一応進学校だったので、課題が終らなくてよく徹夜してた。あの頃にだけは戻りたくないけど、おかげで根性つきました。
「小さなものの集積によってできた一つの塊」への興味は、その頃からあったのかもしれないなあと。「小さな物語」は、結局のところ「大きな物語」の枠から出ることはなく、むしろそこから脱出しようとすればするほど、「大きな物語」の中に取り込まれてしまう。もしそうだとしても、枠から出ようとする努力(情熱)と、その軌跡を、大事にしたい。