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2008年3月15日土曜日

MOTアニュアル2008「解きほぐすとき」

東京都現代美術館が、毎年年度末にやっている、若手作家を紹介する企画展「MOTアニュアル」。今年はテーマが自分の関心とすごく近くて、立花文穂さんと手塚愛子さんが出展しているので、これは見逃すわけにはいかない、と。

どの作品も、バランスがすごくよかった。ゆるゆるしてるけど、ちゃんとパリッとしてる。纏ってる空気が。

いつもなら、導線の描かれ方、キャプションやサイン、他の鑑賞者の反応、スタッフの対応etc...展覧会場の運営面ばかりに気をとられてしまっていたけど、今日は本当によく作品に対峙した、と思う。この作家が捉えている「世界」の領域は、どこまでか。その「世界」に、どのような切り目を入れているか。そうして提示された空間を、自分(=私自身)はどう感じているか。世界の傍観者から、当事者になった気分だった。普通はみんなこういう感覚で作品を鑑賞するのでしょうか?私はほとんどの場合、「いま、ここ」で起こっている事の外側に立っている感じです。次元の違う世界から、出来事を眺めている感覚。最近は違うけど。

例えば手塚さんの作品なら、なぜゴブラン織の布を使ったのか?なぜ円形のパネルに被せた布の方向は一定でないのか?色々突っ込んでいけるなあと思った(でも多分、大切なのはそういうところじゃないんだろうな、とも同時に思った)。

ennに個展を見に来てくれたある女性の作家さんによれば、↑のように理屈を重んじるのは男性によくある傾向らしい。「男の人からよく作品がこうなっちゃった理由を求められるけれど、そもそも言語化できないから文字でない形式で表現しているのに、それをすべて言葉で説明できないわよね~」、とおっしゃっていた。「なんかできちゃった」という作り方は、自分も全く同じで、非常に共感した。言語から零れ落ちたものを掬い取る作業、な感じ。

この世のすべてを、一つの法則に従ってパーツ分けしていったら、全部のモノを分類しきることって、果たしてできるんだろうか?「百科全書に載ってないもの全書」の方がちょっと魅力的、なんてことを考えた。

MOTアニュアル2008
、おだやかでやさしい空気感に溢れているのが良いです。4月初めまでやってるのでゼヒ。

kazumasa hashimoto:陽だまりって感じ。

2008年1月25日金曜日

ピピロッティ・リスト「からから」

寒空の下、目黒駅まで自転車を漕ぐ。そこから山手線で品川駅まで。さらに歩いて、原美術館へ。ピピロッティ・リストの個展「からから」に行ってきました。

学部の講義で、ふわふわのワンピースを着た若いきれいな女性が鼻歌を歌いつつウキウキ歩きながら、道に並んで停まってる車の窓ガラスを、手に持った長い花でガンガン叩いて割っていく、という映像作品を見たことがあるだけ。雑誌とかでなんとなく見たことがあるけれど、体感した事はなかった、ピピロッティ。

個展とはかくあるべきだ、というくらいのクオリティの高さでした。どの作品も、とても強い。ぐっとくる。しみ込む。そんな感じ。

最初の展示室の映像は、まあこんなもんか、って感じ。気を抜いて歩いていたら、次の展示室に入った瞬間、泣きそうになりました。初めて高木正勝さんの映像を見たとき(MOTアニュアルたぶん2003)と同じ感覚。天井から、葉が落ちた木が2つ。枝には、テグスで結んだプラスチックの透明な容器がいくつかぶらさがっている。プロジェクターからそれらのオブジェに向かって映像。部屋の奥にはまどろむ色彩と影。なんとなくなつかしい空気。床に座って、ひたすらぼーっとしてた。すごく気持ちよかったです。「ダイヤモンドの丘の無垢な林檎の木」っていうタイトル。
続く色んな作品も、ちょっとした仕掛けと、ビビッドな色彩と、澄んだ空気と、ちょっとグロテスクな女性の感情とが混じった、奇麗なものたちでした。最後に、車窓ぶっこわし映像(タイトルは「エヴァー イズ オーヴァー オール」でした。)。

展覧会、以前は「考える」だったけど、最近はもっぱら「感じる」ものになっている。コンセプトや背景はさらっと流し読み。自然と、皮膚で触れている。
今回展覧会を見て、思ったことは二つ。一つは、女性性、女性特有のなんかあの感じ(うまく言えない)について。これはまた機会があれば。もう一つは、自分が好きな色彩や、質感について。ピピロッティ・リストの色使いはとても好きだった。色と質感が好きなのは、高木正勝、スーザン・チャンチオロ、コズミックワンダー、ジュン・グエン・ハツシバ、秋山さやか、塩田千春(ガラス窓のシリーズのみ)など。乾いた地面に水が数滴、的な感じが好きみたい。


距離を縮めて深く潜れば、大抵のものは良いポイントが見つかって、結果好きになるのだけど、一瞬でぶっ飛ぶような、ふわっと抱きしめられるようなあの感じは、なかなか体験できませんからね。あの瞬間だけは言葉にならないんだよなあ・・・。

2008年1月18日金曜日

場所

space for your future@東京都現代美術館に行ってきました。会期終了間際だからか、平日にも関わらず人が多かったです。それにしても、企画展単位でウェブサイト作る時代になったのか。ウェブとリアルな空間の連動が進んでいくのかなあ、これから。

いいなと思ったのは、SANAAのプレゼンテーションと、COSMIC WONDERのインスタレーション。センスが良いってこういうことを言うんだろうな・・・。エルネスト・ネトの着ぐるみみたいな作品、一人で行ったけどもちろん挑戦。ちょっと恥ずかしかったけど、気持ちよかった。

「アートとデザインの遺伝子を組み換える」というサブタイトルの通り、「アート」「デザイン」という枠に捉われない・枠から抜け出した作品が多数。境界線上にあるものが好きな自分にとっては、とても居心地の良い空間でした。長谷川祐子さんの選ぶ作品は、どこかに透明感のあるものが多い気がする。


会場を出るときに思ったこと。

*「ジャンル分け」というのは、もともと一つだったものを「分かれているように見せる(分かれていることにする)」行為ではないか。「アート」「デザイン」という前提のもとに、私達は世界を区切っているけれども、それによってできた世界の方が、実は変異体なのかもしれない。日々、「遺伝子を組み換える」ことで、私達はもとの世界を再現しようとしているのかもしれない。その結果出来上がったものは、キッチュとしての「世界」かもしれないが。

*「開かれた隠れ家」。ふと頭に浮かんだことば。個性的な形のガレージしかり、mixiしかり。衣服はその最小単位?


友人のイベントbasyoが楽しみ。(場所繋がりってことで)

明日は小山泰介さん×ユトレヒトのワークショップ@世田谷ものづくり学校に行く予定でしたが、申し込みがうまくいかなかったらしく、席がとれていないというアクシデント発生。楽しみにしてたんだけどなあ。